「自信がない」を言い訳にする人間は「自信をつけたら行動できる」と勘違いしてる

「なんでやらないの?」

「だって自信がないから」

「自信があったら行動するの?」

「そうだよ。だから自信をつけたいの」

悩む人を相手にするときに必ずある会話のパターンです。

こんな会話がいつも繰り返されます。

自信がない→行動できない→何もしない→悩む→自信がない

このループになります。

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不安だから自信をつけようとするのはムダ

「自信がない」がないという人は「自信がある」という状態になれると考えています。

そもそも自信がない人が「不安」と思うことは大体は妄想です。

妄想シミュレーションでうまくいかないことを想像し過ぎています。

その妄想をなくすために自信が必要だと考えています。

妄想で悪いことを考えればいくらでも起きそうなことは出てきます。

私が通っているコナミスポーツでもこんな人たちがいます。

「こんな筋トレできないデブが必死こいてやってたら、笑われるはず」

「自分なんかがこういう器具を使ったら、ベテラン会員に迷惑だと思われるはず」

などなど、起きてもいないことを妄想しています。

で、いつまで経っても「遠慮」してるせいで痩せません。

できる自信があったら、私のようにバリバリフリーウェイトもやってみたいと言うのです。

しかし、いつまで経っても「自信があったら」と「たられば」を言い続けます。

「自信ができていつかは行動に移せるんじゃないか?」と思い続けて、

いつまでも「行動に移せる根拠」を探し続けます。

いくら考えても

いくら悩んでも

誰にも聞いても

本を読んでも

何も見つかりません。

「自信=行動に移せる根拠」はどこにもないのです。

自信があるというも実は勘違い妄想

「いいよね〜自信があって何でもやりたいことやってうまくいくじゃん!」

と羨ましがられますが、私はそもそも自信があるないなんて考えてもいません笑

自信がどうのこうの考える前にとりあえずやってみます。

「ああだったらどうしよう」

「こうだったら、どうしよう」

とかゴチャゴチャ考えると何も行動できません。

やってみる→うまくいった→ラッキー

やってみる→うまくいかない→修正 or 工夫

これしかないです。

やってみて、成果が出れば周りも認めてくれたりします。

「こうすればうまくいきそうだな」というのはやってみたことのフィードバックです。

何をするにしても修正したり、工夫していく経験の中である程度の見込みが感覚的にわかるようになってきます。

全く初めてのことをすれば、他のことはできる自信があると思っていても全く意味がありません。

自信なんかアテになりません。

ただ、初めてのことでも大体はやってみることで工夫や修正のポイントが見えてくるので、

いちいち不安にならずに済んでいるというのが本当のところです。

自信がない人に言わせるとそれが自信ありげに見えるようです。

「自信がある」からということは勘違いです。

結局、不安は自分の心の状態からくる

不安を作って行動を邪魔する心の状態は「自分なんか」と思っているからです。

ムダな自己卑下からくる妄想でしかありません。

だから、いちいち妄想に付き合って妄想を消す答えを探す必要はありません。

自己卑下を前提にした妄想ではうまくいくことなど想像すらできません。

だから、何もできそうにない気がしてしまいます。

自信を持ちたいと考える人は裏を返せば、「自分なんか」と思っています。

そしていつまでも何もしないから何も変わらないのです。

自信があったら、変わるのではなく、行動してみる(とりあえずやってみる)ということで変わっていきます。

結果が出る出ないは気にする必要はありません。

最初からうまく行かせる必要もありません。

思いっきりやった中で修正していけばいいだけです。

気負わず、深刻にならずにやってみればいいのです。

自信がないと思っている人は自信を持つことに深刻になりすぎて

自分で自分を苦しめいるに過ぎません。

そこに気づいてしまえば、もう悩む必要がなくなりますよ。

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このブログを書いてる人

だぶさん
東京暮らしを楽しんでいる30代の男。 物事の観察と言語化が得意技 何かを成し遂げるにはメンタル面の重要さに気づき、とうとう心理カウンセラーの資格まで取ってしまうほど学習にハマる。 九州育ちの九州男児だが、亭主関白にはなれない。

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